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(本文は 2015年5月15日付 ALJZEERA AMERICAの記事の日本語訳です。原文は Hacking higher ed: Will Minerva upend the college model? をご参照ください)
教室がなく、講義形式の授業もなく、各学期毎に異なる国の都市に滞在する学生活を想像してみよう。

ある学生達にとっては、これが彼らの日常生活。テニュア(終身身分保障)を持つ教授からの追及や図書館に篭る、といった典型的な学生生活とは無縁だ。
Minerva Projectはこうしたものが無くても、優れた教育が提供できると考えている。

ミネルバ大学は、まだ開校したばかりのバーチャル大学だが、米国随一のエリート大学達と競争できると考えている。

学長のStephen Kosslynはアイビーリーグで長年に渡り教鞭をとった後、同校に転じた。彼は既存校の学生は必ずしも効果的な教育を受けていないと指摘する。

「彼らは、人生を生き抜くための武器を与えられていない。彼らは成功するために必要な知的技能を獲得できていないと思う」

彼の主張は正しいかもしれない。2011年発行の調査レポート“Academically Adrift: Limited Learning on College Campuses”によれば、調査対象となった2,300人の学生の内、45%がクリティカル・シンキングと複雑な問題を把握するスキルにおいて、入学して2年間、ほとんど上達していないと報告されている。

既存の大学では大教室での講義が一般的で、ごく少数の教授しか、「どのように教えたら効果的か」といったトレーニングを受けていない。Kosslyn教授は、こうした学校が教育方法を改善しようとする意志は弱いと言う。

「既存の大学では、リセットボタンを押せるような機会に恵まれることは稀だ。巨大タンカーを操作しているようなもので、簡単に軌道修正はできない。新しい船を造り、出航する方が、ずっと簡単だ。」

ミネルバモデル

世界的な神経科学者であり、ハーバード大学の前社会科学部長だったKosslynによれば、ミネルバ大学では数学や生物学のような伝統的な科目は教えない。代わりに、学生は最初の年をセミナー形式の少人数制授業で、知識よりもクリティカル・シンキング等を身につけるための形式的分析や複雑系といった科目を学ぶ。

全ての授業は独自のリアルタイムのオンライン授業。授業は「人の学習能力の研究」に基づいて設計されている。

「講義は素晴らしく効率の良い教え方だ。10人教えるのと同じように、1,000人に教えることができる。しかし、これは学ぶには酷い方法だ」

ミネルバ大学のプロダクト総責任者のJonathan Katzmanによれば、同校の学習システムは生徒が自主的に参加するように設計されており、これは長年の研究でより高い学習効果が得られると実証されているという。授業中、教授は全ての生徒の顔を見ることができ、画面上で注意を促すことができる。クイズ機能や小グループでのセッションを行う機能があるおかげで、つい講義してしまうような事態を防げる。

「誰が話しているか、誰が何をタイプしているか、いつでも確認できる。例えば、10秒以上話した生徒が誰か、フィルターをかけることもできる。何回挙手して発言を求めたか、とかね…」

技術や方法論は非常に興味深いが、学習効果については、まだ結果が出た訳ではない。

「この教授方法が原理として、効果的であることを示すデータはある。そして、実際に幾つかの実例として、とてもよく機能した事例もある。ただ、全てが上手くいったかについては、まだわからない」

ミネルバ大学では、生徒の習熟度をCLA+という標準テストで評価している。このテストは、既に幾つかの大学や企業で採用されており、生徒の論理思考能力やコミュニケーション能力を従来の方法より適切に図れるという観点から、GPAより高い評価を得つつある。ミネルバ大学の学生は、このテストを入学前に受け、卒業するまで毎年受験する。

 

適正な学費

Yoel FerdmanはUniversity of California at BerkeleyとUCLAを蹴って、ミネルバの一期生となる道を選んだ。彼は、どこにいても授業が受けられる環境を楽しんでいる。他の大学にいる友人を訪問できるからだ。彼は他の大学ではパーティの時間がずっと多く、 「学生にとって快適な環境」を提供しているようだ、と考えている。

「ただ、僕がここ(ミネルバ大学)にいるのは快適な場に安住するためじゃない」

「僕は学生生活を、挑戦し、成長し、学ぶことに使いたい」

ミネルバ大学は全てがオンラインというわけではない。Ferdmanと27名のクラスメイトは一緒にアポートに住んでいる。ミネルバ大学版学生寮というわけだ。この大学で唯一キャンパスに近い施設だ。

サンフランシスコで一年を過ごした後、学生達は各学期を世界中の都市で過ごすことになる。オンラインでの授業は継続するが、6つの異なる都市での生活を経験する(ベルリン、ブエノスアイレス、バンガロール、ソウル、ロンドン、イスタンブール 2015年7月現在)

ミネルバ大学は、主に中国系投資家からなるベンチャー・キャピタルから、95百万ドル(約114億円)を資金調達しており、留学生に対し、より低コストでプログラムを提供できる

Roujia Wenがミネルバ大学を受験した時、彼女は既にジョージタウン大学に合格していた。中国出身のWenは、ジョージタウン大学への進学を決めていたが、ミネルバ大学の学費・生活費を知り、目が飛び出そうになった。全て込みで約28,000ドル(約340万円)は、平均的な米国私立大学の半額。更に、第一期生のWenは全額無料となる。

「ワシントンD.Cに住んだら、馬鹿らしいほどのお金が必要だと思いました。ミネルバは(内容が)素晴らしいだけでなく、ずっと安く済むのですから!」

 

他大学へのプレッシャー

写真共有サイトSnapfishの前CEOであるBen Nelsonは、ミネルバ・プロジェクトの生みの親だ。Benは高等教育における運営コスト増加要因について、テニュア(教授の終身雇用権)や高価なスポーツ・プログラム、増え続ける管理費等を挙げる。

「我々は、これこそが唯一の解決策だ、というつもりはないし、そう言ってもいない。ただ、解決策の一つだ、ということは言える」

「最も素晴らしい未来は、ハーバードやイエール、プリンストン、スタンフォードを始めとする既存のエリート教育機関がミネルバを見て、“なんだ、我々の方がもっとよくできるさ”と証明してくれることだ」

Benは既存の大学が教育とは関係ない、アメニティ施設を充実させることで学生を獲得しようとしている、と言う。

「現在行われていることは教育の質に関する競争ではなく、よりよい学生生活の質でもない。もし、米国の大学が再び教育の質、学生生活の質に関する競争に戻れるなら、それは米国だけでなく、世界中の大学を進化させることにつながる」

ミネルバにも、解決すべき課題がある。専攻の幅を増やすために教員を増強すること、海外の学生寮を整備することなどが必要で、一期生は翌年休学となる。

それでも、同校は大きな注目(期待)を集めている。ミネルバ大学は2015年に約11,000人の受験生から220名に入学許可を与えた(教員採用には約1,000名の応募があった)。MInerva Projectは、数年後に約7,000名の学生数にしたいと計画している。

まだ実験段階といえるが、もしミネルバ大学が期待されている成果を実現すれば、“持たない大学”は米国高等教育界に大きなインパクトを与えるだろう。

ミネルバ大学の試みがどんな結果になるにせよ、Kosslyn教授は正しい選択をしたと言う。

「これは私のキャリアの集大成。本当に価値のあるものを創りたい。これは私が数十年来研究し、やってみる価値があると信じているものだから」